ベルファスト71

INTRODUCTION

若い英国兵士は ベルファストの街中にひとり取り残された。武器もない、敵・味方も判然としない。 絶望的な紛争の最前線で今、決死のサバイバルが始まる! 1971年、ベルファスト。北アイルランド成立以来、半世紀に及ぶプロテスタント系住民とカトリック系住民と衝突はいよいよ激しさを増し、街はかつてない緊張感の直中にあった。イギリス映画『ベルファスト71』は、そんな戦場同然の危険地域に無防備でさすらうことになった若い英国軍二等兵の一夜の脱出行を描いたスリリングなサバイバル・ドラマである。『男の敵』(35)、『邪魔者は殺せ』(47)、『クライング・ゲーム』(92)『父の祈りを』(93)、『マイケル・コリンズ』(96)、『ブラッディ・サンデー』(02)、『麦の穂をゆらす風』(06)、『シャドー・ダンサー』(11)など、北アイルランド問題や、IRA(アイルランド共和軍)をめぐる秀作、話題作は枚挙に暇がないほど。その映画史の一端を飾る本作品は、時代的には「血の日曜日事件」(1972年1月30日)発生前夜の物語であり、IRA内部で過激な暫定派と穏健派に分裂していた直後の状況を背景に持っている。もとよりカトリック勢力の強いベルファストは当時、治安当局による一斉拘留(インターメント)の開始によっていかなるカオス状態にあったのか。複雑に絡み合う活動家たちの思惑は恐ろしく生々しく、妙な郷愁や感傷に溺れる事を許さない。時代を超えた普遍的な人間の感情を美化する事なくむき出しにぶつけてくる。21世紀を迎えた今日、各地の地域紛争、民族衝突問題がますます身近な問題に成っている我々に取って、これは単なる遠い過去の悲劇ではない。もはや避けられぬ「現実」なのだ。英国軍二等兵が目の当たりにするベルファストの街と事件は、その意味で「現代の縮図」であるといってもいい。架空のドラマながら忠実に匹敵する心の真実がここにはある。教条的な歴史的側面ばかりが本作品の美徳ではない。「ベルファスト71」の真の醍醐味は、むしろその無駄の無い語り口、堅実な映画技法に裏打ちされたストイックかつタイトな仕上がりにある。背景説明や台詞をギリギリまで省いたそれは一見、歴史に疎い一般観客に不親切に見えて、一方で紛争に対して全く無知な若き二等兵と同様の目撃情報、試練を新鮮に体感させてやまない。結果、治安維持と称した英国軍の無謀、弾圧下のベルファスト住民の哀しみが現実感を伴った。本物に成った。観客は主人公の窮地を見ながら、自身の体験として震えながら重ねることだろう。手持ちカメラによるドキュメント感豊かな映像の多用、ほぼ無名の俳優で固めたキャスティングもまた善悪の境目が曖昧な人間関係、社会情勢にリアルな空気を満たしており、サスペンス・スリラーとして一級の気分をもたらしている。開巻から20分後、ライフルを盗んだ少年を追跡する事に端を発するゲイリーの孤独な戦いに、あなたはもう目が離せない。

ベルファストがどこにあるか知っているな?北アイルランドだ。イギリスの領土だ! 主人公の英国軍二等兵ゲイリーを演じるのはイギリス出身のジャック・オコンネル。『300(スリーハンドレッド)〜帝国の進撃〜』(14)でハリウッド映画デビューし、アンジェリーナ・ジョリーの監督第2作『Unbroken』(14/未)では主役に抜擢されるなど、現在注目を浴びる若手俳優にとって、本作品での体を張った二等兵役は将来にわたって長く語られる熱演であろう。監督はこれが初の長編劇映画デビューとなるフランス出身、イギリス育ちの新鋭ヤン・ドマンジュ。『Top Boy』(01/未)をはじめ、イギリスのテレビドラマ界でまぶしい受賞歴を誇っていた彼にとって、数あるオファーの中で心を奪われた映画企画はこの作品だけだったとか。その優れた映画感覚、ストーリーテラーぶりで今後、映画界でも引く手数多の存在になっていくに違いない。16ミリ・フィルムカメラとデジタルカメラを昼夜に分けて使用し、絶妙な質感を出す事に成功した撮影は『時の重なる女(重なり合う時)』(09)、『ジェイミー、童貞やめるってよ』(12)のタット・ラドクリフ。70年代に実際に使われていた軍服も持ち込んでの衣装デザインは『28週後…』(07)、『月に囚われた男』(09)のジェーン・ベトリー。そして、音楽にはスティーヴン・ソダーバーグ監督との『オーシャンズ』シリーズ(01〜07)で有名なデヴィッド・ホルムズが登板している。いずれもドマンジュとは顔なじみの仲間だが、中でもホルムズは1969年にベルファストで生を受けており、1975年の北アイルランドを描いた映画『レクイエム』(09)の音楽も担当するなど、本作品に強く思い入れを持った一人だった。再び故郷を題材にした本作ではドマンジュの要請により、撮影前に音楽を製作。ギターと電子楽器を駆使した楽曲に合わせながら、ドマンジュは9週間の撮影を進めていったという。作品に濃厚に漂う本物の香りはそんな製作背景にも恐らく由来している。アメリカの映画レビューサイト「ロッテン・トマト」では満足度97%を記録し、第64回ベルリン国際映画祭のコンペティション部門では「エキュメニカル審査員賞スペシャル・メンション」を受賞。あらゆる映画賞で保証された作品の質は、そのまま耐えがたき苦渋を味わってきた北アイルランド人の涙につながる。紛争による死者数は1998年までに3,500人あまり。当時の人口約160万人に対して、この数字は決して小さくない。北アイルランド問題を打ち抜いた名作群にまた一つ、重要な秀作が加わった。

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